現在アフリカで続いている紛争のうち、コンゴ民主共和国の紛争は日本でも比較的知られているのではないでしょうか。2018年にノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ医師は、性暴力被害に遭った女性たちの治療を長年続けているコンゴ民主共和国の医師であり、その活躍は映画やテレビ番組でも紹介されています。
この記事では、この紛争の実情に迫るため、まずはコンゴ民主共和国からの難民の数や受け入れ国を解説します。そのうえで、コンゴ紛争の歴史や原因を振り返り、現在の状況とムクウェゲ医師の活動についてお伝えします。難民を含むコンゴ民主共和国の人々のために行われている支援活動もご紹介しますので、日本にいる私たちに何ができるのかを考えるきっかけになれば幸いです。
はじめに、紛争などが原因となって避難を強いられたコンゴ民主共和国の人々の現状を把握しておきましょう。国境を越えて他国に避難している「難民」のほかに、コンゴ民主共和国国内で自宅を離れて避難生活を送っている「国内避難民」も、これに含まれます。
まずは、コンゴ民主共和国から国境を越えて別の国に避難しているコンゴ難民の数と受け入れ国を紹介します。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2020年末時点でのコンゴ難民の数は合計約84万人です(注1)。難民の数を出身国別に比較すると、コンゴ民主共和国は、シリア、ベネズエラ、アフガニスタン、南スーダン、ミャンマーに次いで、世界で6番目に多くの難民を生み出しています(注2 p.7)。
1万人以上のコンゴ難民を受け入れている国を受け入れ人数順に表にすると、次のようになります(注1)。
受け入れ国 | コンゴ難民受け入れ数 | 総数に占める割合 |
---|---|---|
ウガンダ | 417,407人 | 49.66% |
ブルンジ | 74,928人 | 8.92% |
ルワンダ | 74,303人 | 8.84% |
ザンビア | 54,715人 | 6.51% |
タンザニア | 50,860人 | 6.05% |
ケニア | 29,625人 | 3.52% |
アンゴラ | 22,905人 | 2.73% |
南アフリカ | 22,816人 | 2.71% |
フランス | 18,332人 | 2.18% |
南スーダン | 16,498人 | 1.96% |
広大なコンゴ民主共和国は9カ国と国境を接しており、この表にあるアフリカの国々も、ケニアと南アフリカを除いて全てコンゴ民主共和国の隣国にあたります。9位には唯一アフリカ地域外のフランスが入っています。コンゴ民主共和国は植民地時代にはベルギー領でしたが、フランス語が公用語となっており、フランスとの貿易も盛んであるなど、フランスは特につながりの強い国であると言えます。
避難を強いられた人々について考える時に忘れてはならないのは、強制的に家を追われ、国境を越えずに自国内で避難生活を送っている「国内避難民」です。国境を越えたか否かによって難民とは区別されますが、危険から逃れて家を離れ、支援を必要としているという点では、難民と同じです。
コンゴ民主共和国には、2020年末時点で約520万人の国内避難民がいます(注1)。これは先ほど紹介したコンゴ難民の数の6倍以上にあたります。国内避難民の数を国別に比較すると、コンゴ民主共和国はコロンビアとシリアに次いで、世界で3番目に多くの国内避難民を抱えていることになります(注2 p.24)。
コンゴ民主共和国から他国へ避難した難民、そして国内で避難生活を送っている国内避難民の数は、これまでにどのように変化してきたのでしょうか。UNHCRのデータを使って、コンゴ難民とコンゴ国内避難民の数の年次推移をグラフにすると、次のようになります(注3)。
難民の数が1996年頃から少しずつ増加を続けているのに対して、国内避難民の数は2006年以降に急激に増加していることがわかります。コンゴ国内避難民の数にはその後何度か増減が見られますが、全体的に上昇傾向にあり、2015年以降は一貫して増加が続いています。
難民や国内避難民の数の推移には、コンゴ民主共和国で今も続いている紛争が大きく関係しています。コンゴ紛争の歴史や原因、そして現在の状況を見ていきましょう。特に性暴力とムクウェゲ医師の活動に焦点を当てて、コンゴ紛争の現状を解説します。
コンゴ民主共和国では、1960年の独立直後にコンゴ動乱が勃発し、1965年にはクーデターが起きて独裁体制に陥るなど、国家として船出した当初から混乱が続きました(注4)。
90年代に入ると深刻な経済危機や政治的混乱が続き、1996年からの第一次コンゴ内戦へと至ります。1997年、隣国ルワンダとウガンダの支援を受けた反政府勢力が内戦に勝利し、その指導者が大統領に就任します。
ところが、新大統領が両国と距離を置こうとしたことに不満を持つ東部地域のルワンダ系住民の勢力が蜂起し、1998年には第二次コンゴ内戦に突入しました。コンゴ民主共和国側の呼びかけに応じたジンバブエやアンゴラ、ナミビアが派兵したこともあって紛争は長期化し、国土の半分近くにあたる北部から東部の地域が、反政府勢力の支配下に入りました(注5 pp.4-5、注6 pp.127-128)。
その後、1999年に停戦協定が結ばれたことで和平プロセスが開始されましたが、国際社会と折り合いが良くなかったコンゴ民主共和国大統領による妨害もあり、履行は遅れました。同大統領は2001年に暗殺され、その息子が後継者として大統領に就任します。その後、アメリカなどからの圧力もあって、2002年にようやく和平合意が成立。2003年の暫定政権成立をもって内戦が終結しました(注5 pp.4-5)。
しかし、内戦の終結によって国内情勢が安定したわけではありません。2つの内戦はいずれも東部の国境地域での武装蜂起が発端となっていますが、この地域は首都から遠く政府の統治が及びにくいこと、人口密度が高く民族構成が複雑なこと、天然資源が豊富なこと、近隣諸国の介入が起こることなど、さまざまな要因により不安定化しやすい地域と言えます(注6 p.132)。
2002年以降も、和平合意に参加しなかった勢力や分裂した勢力は武装闘争を続けました。欧州連合(EU)主導の多国籍軍の展開によって沈静化した地域もある一方、武装解除や軍統合の試みに対する反発もあって、紛争状態は続いています(注6 p.132-134)。特に2016年から2017年には、国土の中央部に位置するカサイ地域で武力衝突が激化し、多数の住民が安全を求めて家を捨て、国内避難民となりました(注7)。
現在は150を超える武装勢力が乱立し、各地で襲撃が繰り返される状況に陥っています。さらに新型コロナウイルス感染症により社会不安が拡大したことで、襲撃は以前よりも増加しています。こうした武装勢力は、地域住民を恐怖で支配し、家庭や地域社会を崩壊させるために、地域の女性や少女への性暴力を繰り返しています(注8、注9)。
このようにコンゴ民主共和国では、紛争の渦中で「戦場の武器」として凄惨な性暴力が繰り広げられています。その被害に遭った女性の治療を続けているのが、2018年にノーベル平和賞を受賞したデニ・ムクウェゲ医師です。
コンゴ民主共和国出身の婦人科医であり人権活動家でもあるムクウェゲ医師は、女性たちを治療するだけでなく、精神的なケアや啓発活動にも尽力しており、2014年には、人権や思想の自由のために献身的に活動する個人や団体を称えるEU欧州議会の「サハロフ賞」を受賞しています。
ムクウェゲ医師の活動は2015年のドキュメンタリー映画『女を修理する男』で世界に広く知られるようになり、2021年には日本で制作された『ムクウェゲ「女性にとって世界最悪の場所」で闘う医師』が公開されました。
1999年にコンゴ民主共和国東部に病院を設立し、ノーベル平和賞受賞の時点で5万人以上の女性の治療や保護を行っていたムクウェゲ医師は、授賞スピーチでこう世界に語りかけました(注9)。
「見て見ぬふりをすることはしないでください。行動するというのは、無関心でいるのを拒否することなのです。無関心に対する闘いこそが求められています」
ムクウェゲ医師の言葉に応えるために、国際社会には何ができるのでしょうか。その答えを探るため、コンゴ民主共和国の人道危機に対して行われている支援の状況と、ワールド・ビジョンの具体的な支援活動を紹介します。
国連人道問題調整事務所(OCHA)は、各国の人道危機に対して求められる支援の規模と実際に集まった支援額についてのデータを公開しています。
コンゴ民主共和国の場合、2020年には20億ドル超(約2,258億円)の資金が必要であるとされていましたが、この呼びかけに対して実際に集まった支援額は8億3千万ドル(約903億円)程度であり、充足率はわずか40%にとどまっています。
コンゴ民主共和国への支援資金の充足率はもともと6~7割程度で推移していましたが、必要な支援の規模が大幅に拡大した2018年以降は、どの年も充足率が50%を下回っており、深刻な支援不足の状態が常態化していると言えます(注10)。
ワールド・ビジョン・ジャパンは、2013年から2017年までの間、南スーダンに逃れたコンゴ難民への支援を実施していました。難民と受け入れ地域の住民に対して、保健、教育、食糧・生活物資、生計向上、水・衛生など、幅広い分野で支援活動を展開しました。
カサイ地域での紛争が激化したことを受け、2017年以降は、ワールド・ビジョンが、命を守るための人道支援を行っています。これには、食糧や現金の配布、医療や栄養に関する支援、教室の補修や教育訓練を含む教育支援など、さまざまな活動が含まれます。
その他にも、ワールド・ビジョンは、コンゴ民主共和国でのエボラ出血熱に対する啓発活動や、コンゴ民主共和国内の難民キャンプで避難生活を送っている中央アフリカ難民への生計向上支援などを実施してきました。
難民や国内避難民への支援のほかにも、ワールド・ビジョン・ジャパンは、コンゴ民主共和国内の2つの地域で、チャイルド・スポンサーシップによる開発支援を展開しています。
このうちの1つ、南東部のカンボブ地域では、教育や保健衛生、生計向上などの分野で支援活動を行っています。ここはもともと鉱山の町でしたが、その後鉱山会社が経営破綻し、失業した農民の一部は農業を始めました。
しかし、農業の知識や技術がなく、資機材なども不足しているため、十分な食料の確保に苦労している住民も多くいました。ワールド・ビジョンが農家に対する農業訓練を実施したことで、収穫量が増加し、子どもたちの学費や医療費の支払いができるようになったという嬉しい声が上がっています。
このようにして住民たちの生計が安定することによって、その地域全体の安定が図られ、いつかはそれが国全体の安定へとつながっていくのではないでしょうか。
ワールド・ビジョンは、コンゴ難民や国内避難民だけでなく、世界中で避難生活を送っている難民の子どもたちのために、さまざまな支援活動を行っています。活動の軸は「命を守る」、「順応する」、「未来を築く」の3つです。
「命を守る」ための活動としては、新型コロナウイルス感染症予防のための石けん配布や手洗い指導、「順応する」ための活動としては、紛争で傷ついた子どもたちの心のケアや、個別に必要な物資提供などを実施しています。そして「未来を築く」活動では、補習授業によって学習の後れを取り戻し、学び続けられる環境作りなどを行っています。
紛争で心に傷を負い、避難先で先の見えない生活を強いられている子どもたちの命と未来を守るため、ぜひワールド・ビジョンの難民支援募金へのご協力をお願いします。
※このコンテンツは、2021年8月の情報をもとに作成しています。
注1 UNHCR:Refugee Data Finder 2020年の国別コンゴ難民受け入れ数
注2 UNHCR:Global Trends Forced Displacement in 2020
注3 UNHCR:Refugee Data Finder 1964~2020年のコンゴ難民・国内避難民数
注4 外務省:コンゴ民主共和国(Democratic Republic of the Congo)基礎データ
注5 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所:コンゴの平和構築と国際社会―成果と難題―
注6 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所:第I部 紛争勃発後の和平プロセス 第3章 コンゴ民主共和国の和平プロセス―国際社会の主導性と課題―
注7 World Vision:DRC conflict: Facts, FAQs, and how to help
注8 NHK:ムクウェゲ医師 "コロナ感染拡大で性暴力が悪化"
注9 NHK:"戦場の武器"性暴力の根絶を ノーベル平和賞で世界に訴え
注10 OCHA Financial Tracking Service:Democratic Republic of Congo Humanitarian Response Plan 2021 (2021年8月3日時点)