なぜ「難民条約」が必要なのでしょうか。個人や集団への迫害が続く限り、難民の問題は終わりません。世界中の人々がひとり残らず基本的人権を享受し、人間らしく生きるために、難民条約によって難民を保護することが必要なのです。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、難民条約(注1)とは、1951年に外交会議で採択された「難民の地位に関する条約(注2)」と、1967年に採択された「難民の地位に関する議定書(注3)」の二つをあわせたものです。難民の地位に関する議定書は、難民の地位に関する条約から、地理的・時間的制限を取り除いたものになっています。
難民条約第1条(注4)には、難民の定義が定められています。
難民の定義は「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」とされています。
難民とは、迫害から逃れるために国境を越え、外国へ逃げた人々のことを言います。国境を越えられず、国内に留まる避難民も大勢いるのですが、その際は難民条約が適用されません。その国の法律に従わざるを得ないのが現状です。
難民条約によって難民と認定されていない国内避難民も、置かれている困難な状況は難民と同じです。ワールド・ビジョンは、難民はもちろんのこと、支援の手が届きにくい国内避難民に対する活動も行っています。
国際連合の中で難民問題解決に向けた活動を行っているのは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)(注5)です。設立されたのは1950年。紛争や迫害によって故郷を追われた難民を国際的に保護し、難民条約に従って支援を行っています。1991年から2000年まで、緒方貞子さんが国連難民高等弁務官として活躍された(注6)ことをご存知の方も多いでしょう。
緒方貞子さんは国連難民高等弁務官時代に、大きな改革を行いました。それまでUNHCRは難民条約に則って、国境を越えた難民のみを援助の対象としていました。しかし緒方さんの英断で、国内避難民も救済して世界から称賛されました。UNHCRは現在も、難民条約を遵守しつつ、柔軟に難民救済を実施しています。
2018年12月、国連総会で「難民に対するグローバル・コンパクト(注7)」が承認されました。1951年に採択された難民条約や人権、人道法に基づいたもので、難民危機を限られた国で背負うのではなく、世界で責任を分担するべきという内容です。法的拘束力はありませんが、世界が難民問題を共有し連携するための指針なのです。
難民条約はなぜ結ばれたのでしょう。はじめて難民が注目されたのは第一次世界大戦後のこと。難民条約が結ばれた経緯について解説します。
第二次大戦後の1948年、世界人権宣言(注8)が採択されました。すべての人間は差別されずに基本的人権を享受できることが確認されました。
法務省は、世界人権宣言について以下のように紹介しています(注9)。
「世界人権宣言は,基本的人権尊重の原則を定めたものであり,初めて人権保障の目標や基準を国際的にうたった画期的なものです。(中略)この宣言は,すべての人々が持っている市民的,政治的,経済的,社会的,文化的分野にわたる多くの権利を内容とし,前文と30の条文からなっており,世界各国の憲法や法律に取り入れられるとともに,様々な国際会議の決議にも用いられ,世界各国に強い影響を及ぼしています」
難民条約の前文に「締約国は、国際連合憲章及び1948年12月10日に国際連合総会により承認された世界人権宣言が、人間は基本的な権利及び自由を差別を受けることなく享有するとの原則を確認していることを考慮し(中略)難民問題を処理するためにとられる措置の効果的な調整が可能となることを認めて、次のとおり協定した(注4)」と述べられています。世界人権宣言を踏まえて難民条約を定めることが明記されているのです。
難民条約で定義がされる以前から、国を追われて外国に逃れる人々(いわゆる「難民」)は存在していましたが、世界的に注目を浴びたのは第一次世界大戦後のことです(注10)。ロシアやトルコの政治的・社会的構造が崩壊したため、新たな体制になじめずに外国へ逃れた人たちが問題になりました。
第二次大戦後には、こうしたいわゆる「難民」が急増しました。「難民」の人権を守って緊急保護をするために、1951年に「難民の地位に関する条約」が作成されました。しかしこの条約は、1951年以降に発生した難民は対象外。その不備な部分を補って、1967年にはこの条約を補足する「難民の地位に関する議定書」が採択されました。
UNHCRによると、難民に関する歴史の流れは次の通りです(注11)。
時 期 | 難民に関する主な動き(UNHCRのHP・外務省HP・UNRWA) |
第一次 |
ロシア革命による難民 |
1949年 | パレスチナ難民のために国連パレスチナ難民救済事業機関設立 |
1950年 | 国連難民高等弁務官(UNHCR)設立 |
1951年 | 難民の地位に関する条約 |
1954年 | UNHCRの難民救済功績が認められてノーベル賞受賞 |
1956年 | ハンガリー革命により20万人がオーストリアに避難 |
1960年代~ | アフリカ・アジア・南米の難民を救済 |
1981年 | UNHCRの難民救済功績が認められて2回目のノーベル賞受賞 |
21世紀 |
アフリカ・中東・アジアの難民危機支援 |
UNHCRによる2018年のデータ(注12)によると、UNHCRの支援対象者は7080万人にのぼり、過去最高人数を更新しました。難民の約半数は18歳未満の子どもです。より一層の支援が必要な状態なのです。
難民条約には、形骸化などの課題があるとも言われています。第33条や難民への理解などについて解説しましょう。
難民条約の第33条には「追放及び送還の禁止」が記されており、難民条約の中でも重要な項目として認知されています。しかし、しばしば形骸化が指摘されているのです(注13)。
難民は、入国を拒まれたり、迫害される恐れのある国に送還されることが無いように保護されなければなりません。それは「ノン・ルフールマン原則(注14)」と呼ばれていて、難民保護の基礎となるものです。
しかしながら、難民の流入を防ぐために国境を閉鎖したり、迫害を受けている国に送還されるという事例がしばしば見られており、問題となっています。難民が保護されていない事態が生じているのです。
難民条約で定義されている難民とは、国境を越えて避難した者のことを指しています。しかし、同じ迫害を受けながらも、国境が封鎖されるなどの問題があり、国境を越えることができずに自国内に留まっている人々も多く存在しています。それらの人々は国内避難民と呼ばれ、本来、難民条約による保護の対象ではありません。また、無国籍者も原則として避難民として認められません。
日本が難民にかかわったのは1970年代です(注15)。ベトナム・ラオス・カンボジアなどインドシナ3国からの難民とのかかわりを深め、1981年に難民条約に加入しました。インドシナ難民の受け入れ事業は2005年に終了しましたが、11,319人の難民を受け入れました。2018年までに750人の条約難民も受け入れています。第三国定住の枠組みにより、ミャンマー難民も受け入れています。しかしながら、世界的にみると日本の難民受け入れの数は非常に少ないのが現状です。日本の難民申請手続きは短くても数カ月、また不服審査(審査請求)や裁判所での審査を含めると何年もかかることもあります(注16)。
形骸化も指摘されている難民条約ですが、その重要性は変わりません。現在の加盟国と難民の数について調べてみました。
難民条約の当事国(批准、加入、または継承している国)は、1951年の「難民の地位に関する条約」が146カ国、1967年の「難民の地位に関する議定書」は147カ国です(注17)。
「難民の地位に関する条約」のみの当事国は、マダガスカルとセントキッズ・ネビスです。「難民の地位に関する議定書」のみの当事国は、ケープヴェルデ、アメリカ合衆国、ベネズエラです。日本はどちらにも加入しています。2018年12月に、南スーダンが両方の難民条約に加入しました。
UNHCRが発表した2018年の「グローバル・トレンズ2018(注12)」によれば、難民および国内避難民の数は7080万人という結果でした。世界では108人に1人が故郷を追われているという、ショッキングな計算になります。
グローバル・トレンズは2018年末の統計で、2019年に起こったベネズエラ危機による難民400万人の数は加えられていません(注18)。実際はさらに深刻な状態なのです。2018年の難民に関する重点ポイントは次の通りです。
UNHCR「グローバル・トレンズ 2018」 難民に関する 8 つの重点ポイント |
|
子ども | 難民の 2 人に 1 人が子ども。11 万 1000 人が家族とはぐれている。 |
幼 児 |
ウガンダでは、5 歳未満の難民の子ども 2800 人が家族とはぐれている。 |
都市難民 | 難民の 61 パーセントが都市部に暮らし、地方や難民キャンプに暮らす数を 上回る。 |
富裕層と貧困層 | 難民の受け入れ数は、高所得国は 1000 人につき平均 2.7 人、中・低 所得国は平均 5.8 人、世界の難民の 3 分の 1 は最貧国に集中している。 |
避難先 | 難民の約 8 割は出身国の近隣国に避難している。 |
期 間 |
難民 5 人のうち 4 人の避難生活が 5 年以上、5 人に 1 人は 20 年、 |
新たな |
ベネズエラから避難した 34 万 1800 人が世界最大。 |
傾 向 |
108 人に 1 人が難民、国内避難民、庇護申請者に。 |
難民は年々増加し、難民条約の重要性は高まっています。日本から見ると、難民は遠い国で起きている出来事のように感じてしまいがちです。しかし今や難民問題は、世界中の国々や援助機関が当事者となるべき重要な事柄なのです。日本にいる私たちができることについて、解説します。
UNHCRをはじめ、難民問題解決のために活動している機関は様々あります。寄付などのご協力は、難民支援の大きな力となりますので、ぜひご協力をお願いします。
難民支援の募金について
ワールド・ビジョンも難民支援を実施しています。
シリア難民・南スーダン難民・イラク国内難民・ミャンマー難民など、難民の子どもたちのために、次のような支援をしています。
環境を整える:学校建築・修復、学用品の提供、教育についての啓蒙活動など
危険な状況から守る:子どもたちが安全に過ごせる場所の運営、地雷啓発活動
学びの機会を提供する:学校運営、補習授業やレクリエーション活動の実施など
また、ワールド・ビジョンでは途上国や難民理解を深めるイベントも実施しています。
これまで実施した難民理解のイベントは、次の通りです。
・難民の子ども×教育=子どもたちが豊かな夢を描ける世界(開催報告)
・「難民とともに生きる」を支援現場の最前線から考える「世界難民の日」特別シンポジウム
・開成高校×WVJ特別講演会「難民問題は、じぶんごと?」
・未来ドラフト2019 わたしと難民がつながるアイディア・コンペティション
注1 UNHCR:難民条約について
注2 UNHCR:難民の地位に関する1951年の条約
注3 UNHCR:難民の地位に関する1967年の議定書
注4 外務省: 難民の地位に関する条約
注5 UNHCR:UNHCRとは?
注6 UNHCR:日本人初の国連難民高等弁務官 緒方貞子さん
注7 UNHCR:難民に関するグローバル・コンパクト
注8 外務省:世界人権宣言
注9 法務省:世界人権宣言
注10 外務省:難民問題
注12 UNHCR:数字で見る難民情勢2018
注13 外務省:転換期の国連難民高等弁務官―人道行動の成長と限界―
注14 国連 UNHCR協会:難民の権利と義務
注15 外務省:難民問題Q&A 難民とはどのような人たちなのでしょうか?日本は難民を受け入れているでしょうか?
注16 UNHCR:日本の難民認定手続きについて
注17 UNHCR:1951年の条約及び1967年の議定書の当事国一覧表 難民の地位に関する条約 (効力発生日1954年4月22日) 難民の地位に関する議定書(効力発生日1967年10月4日)
注18 UNHCR:プレスリリース(2019年6月19日)
※このコンテンツは、2019年9月の情報をもとに作成しています。