南米大陸の北端に位置するベネズエラは、世界最大の滝やイルカの泳ぐ川など、豊かな自然に恵まれた美しい国です。しかし、現在のベネズエラは経済破綻状態にあり、人々は貧困に苦しんでいます。生活苦に耐えかねて近隣国に避難する人も後を絶ちません。
この記事では、ベネズエラの貧困の現状や経済破綻の経緯を解説し、ベネズエラから避難した人々の数の推移や避難先に関する最新の情報をお伝えします。さらに、ベネズエラから逃れた人々に対する支援活動についてもご紹介します。ベネズエラの貧困に対して私たちに何ができるのか、考えるきっかけとしていただければ幸いです。
はじめに、ベネズエラの貧困の現状を把握するため、貧困率やGDPなど貧困に関わる最新のデータを見ていきましょう。
各国の貧困状況を図る指標として、「貧困率」という数値が広く使われます。世界各国の貧困率のデータは世界銀行が公表していますが、ベネズエラについては2014〜2015年頃のデータが最後になっており、それ以降の貧困率についての公式データがありません。これは、ベネズエラでは2014年の大統領令でマクロ経済データの公表義務が廃止されたためです(注1 p.36)。
このため、ベネズエラの貧困に関する近年のデータとしては、ベネズエラにあるカトリカ・アンドレス・ベジョ大学が発表している全国生活条件調査(Encovi)のデータが世界的に参照されています。そのため、本記事ではベネズエラの貧困を示す指標として、最新のEncoviのデータを紹介します。
2021年9月に公表された最新のEncoviによると、ベネズエラにおいて1日あたり1.9ドル以下で生活している「国際貧困ラインを下回る生活を送る人」の割合は76.6%で、前年の67.7%から約9ポイント上昇しています(注2)。つまり、現在のベネズエラでは国民の4人に3人以上が極度の貧困状態に置かれていることになります。
さらに、国際貧困ラインを下回る生活を送る人を含む貧困層の割合は、実に94.5%に達したとされています。2012年頃まで、ベネズエラにおける貧困層の割合は3人に1人程度、絶対貧困率は10人に1人程度だったことを思えば、ここ10年ほどで急激に貧困が深刻化していることがわかります(注3)。
また、国全体で一定の期間内に生み出された付加価値を示す「国内総生産(GDP)」は、各国の経済活動の水準を示す尺度として広く使われます。Encoviでは、ベネズエラのGDPは2014年から2020年までの期間で74%減少したとされています(注2)。
このように高い貧困率と急激なGDPの減少に見舞われているベネズエラは、実質的な経済破綻状態にあります。ここでは、現在のベネズエラの経済破綻の実態や、その経緯について解説します。
ベネズエラが深刻な貧困に陥っている要因として、通貨価値の切り下げ(デノミネーション、通称デノミ)によるハイパーインフレが挙げられます。
ベネズエラでは2021年10月に6桁のデノミが行われました。6桁の切り下げとは、日本円で言えば100万円が1円になるということです。実はこれ以前にも、ベネズエラでは2018年と2008年に2度のデノミが行われており、13年間で行われた3度のデノミで、合計14桁の切り下げが行われています(注4)。
通貨価値の切り下げは、ベネズエラの通貨ボリバルの通貨価値の下落を受けて実施されたものです。事実、2020年7月末に1米ドルが約26万ボリバルであったのに対し、1年後の2021年7月末には1米ドルが約400万ボリバルと、その価値は約15分の1にまで下落していました。これに伴って、物価の変動を示す「消費者物価指数」も1年で2,615.5%上昇したとされ、ベネズエラ国民が非常に過酷な生活を強いられていることがうかがえます(注4)。
ベネズエラがこのような経済破綻に陥った背景にはさまざまな要因が挙げられますが、ベネズエラ政府自身がしばしば言及するのが、アメリカによる経済制裁です(注1 p.36)。ベネズエラでは1999年以降、政府が公にアメリカを批判するなどそれまでの親米路線を一転させ、反米の急先鋒となりました。これに対し、アメリカは2017年以降、ベネズエラに経済制裁を実施しています(注5)。
反米路線に転じて以降、ベネズエラ政府は「21世紀の社会主義」建設を掲げて経済活動の国家管理などを進めました。ベネズエラの経済活動の主軸は石油生産ですが、国有化や接収を通して国営となった石油企業のもとで産油量は下がり続け、2000年に1日290万バレルであった産油量は、2018年にはその半分以下の140万バレル未満にまで縮小しました(注1 p.39-40)。
こうした国有化政策を含めた社会主義的な経済政策が、企業の活動を制限したり投資を冷え込ませたりした結果、経済活動が縮小した側面は否定できないでしょう(注1 p.38)。さらに、ベネズエラ政府は財政赤字を賄うために貨幣の増発や債券発⾏の急拡⼤を行いましたが、こうした財政運営の手法も、経済危機の一因となったと考えられています(注1 p.46)。
現在のベネズエラは、経済面だけでなく政治面でも混乱状態にあります。
2018年には主要野党が不参加のまま大統領選挙が行われ、翌年になって与党側と野党側の2人の大統領がそれぞれ就任を宣言するという事態に発展しました(注5)。この混乱の最中の2019年1月にアメリカが経済制裁を強化させると、2月にはベネズエラ政府がアメリカとの外交関係の断絶を発表し、3月に在ベネズエラ米国大使館が閉鎖されました(注5)。したがって、ベネズエラは現在アメリカと国交断絶状態にあります。
その一方で、ベネズエラの経済はドル化が進んでいます。価値の下落が続く自国通貨ボリバルへの信用は失墜しているため、国民は少額の買い物以外にはデビットカードや米ドルを使うのです(注6)。なお、前述のとおりベネズエラでは大多数の国民が貧困に苦しんでいるため、大部分は政府による食糧配給に頼っていると考えられています(注3)。
このような過酷な状況にあるベネズエラから、多くの人々が他国に避難しています。続いては、難民や移民となって近隣国に移った人々の数やその受け入れ国、そしてそうした人々に対する支援の状況を見ていきましょう。
ベネズエラから逃れた人々の中には難民や亡命申請者も含まれますが、大部分は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によって「国外への移動を強いられたベネズエラ人」と呼ばれており、厳密には難民と区別されています。この記事では、これらすべてを合わせて「ベネズエラ難民など」と呼びます。
まずは、ベネズエラ難民などの総数の推移を見てみましょう。次のグラフは、UNHCRのデータを使って、ベネズエラ難民などの数の年次推移を示したものです(注7)。
2013年までは1万人未満で年々微増を続けていましたが、2014年に初めて1万人を突破すると、その後は2015年に2万人超、2016年に5万人超、2017年には15万人超と増加ペースが徐々に加速し、2018年には一気に300万人超にまで膨れ上がりました。2019年に450万人弱、2020年に500万人弱と、その後も難民などの大規模流出は続いています。
続いて、国境を越えて別の国に避難しているベネズエラ難民などの数を、受け入れ国別に見てみましょう。
UNHCRによると、2020年末時点でのベネズエラ難民などの数は合計約488万人です(注7)。10万人以上のベネズエラ難民などを受け入れている国を受け入れ人数順に表にすると、次のようになります(注8)。
受け入れ国 | 受け入れ人数 | 総数に占める割合 |
---|---|---|
コロンビア | 174万9,895人 | 35.83% |
ペルー | 104万9,970人 | 21.50% |
チリ | 45万7,324人 | 9.36% |
エクアドル | 41万5,835人 | 8.51% |
ブラジル | 30万1,363人 | 6.17% |
アルゼンチン | 17万5,797人 | 3.60% |
アメリカ | 14万6,959人 | 3.01% |
ブラジル | 130,042人 | 1.97% |
パナマ | 12万1,598人 | 2.49% |
ドミニカ共和国 | 11万4,325人 | 2.34% |
メキシコ | 10万2,223人 | 2.09% |
これら10カ国のうち、ベネズエラと直接国境を接しているのはコロンビアとブラジルの2カ国だけです。大陸南部のチリやアルゼンチン、カリブ海を挟んだドミニカ共和国、そしてアメリカなど、母国から遠く離れた国々にまでベネズエラの人々が避難していることがわかります。
経済破綻により、ベネズエラの人々は十分な食糧や水、電気へアクセスすることができず、保健医療システムも崩壊しています。生活のために他国へ逃れる人の数が増え続けるなか、ワールド・ビジョンは、ブラジルやコロンビア、エクアドル、ペルーなどに逃れたベネズエラの人々に対して支援を行ってきました。支援内容は、食糧や水の供給、保健や衛生分野の取り組み、子どもの保護などさまざまです。
一例として、ワールド・ビジョンは、ベネズエラから他国へ歩いて避難する人々のために、高速道路沿いに一時休憩所や滞在場所を設置する活動を行っています。滞在場所では、マットレスや衛生キット、食糧キットを提供しています。
さらに、こうした危機下では特に子どもたちが危険にさらされやすいことを踏まえ、子どもたちが遊び、学びに加え、社会心理的ケアを受けられる「チャイルド・フレンドリー・スペース」の設置なども行っています。
ワールド・ビジョンは、ベネズエラ難民などを含め、世界中で避難生活を送っている難民や国内避難民の子どもたちのために、さまざまな支援活動を行っています。
ワールド・ビジョンの活動の軸は、「命を守る」、「順応する」、「未来を築く」の3つです。
食糧や水衛生、保健といった分野での支援を通して、極度の貧困に苦しむ子どもたちの命を守り、避難先での新たな生活に順応できるよう心のケアを行うと同時に、避難生活中も子どもたちが学び続けられる環境づくりなどを通して、子どもたちの未来を築いています。
避難先で先の見えない生活を強いられている子どもたちの命と未来を守るため、ぜひワールド・ビジョンの難民支援募金へのご協力をお願いします。
注1 坂⼝ 安紀:混乱をきわめるベネズエラ経済―とまらない経済縮小とハイパーインフレ―
注2 BBC:Venezuela crisis: Three in four in extreme poverty, study says
注3 日本経済新聞:ベネズエラ、国民の4分の3が「極貧層」
注4 JETRO:ベネズエラ中銀が6桁のデノミを発表、呼称はボリバル・デジタルに
注5 外務省:ベネズエラ・ボリバル共和国
注6 日本経済新聞:ベネズエラ、デノミ実施 100万分の1に
注7 UNHCR:Refugee Data Finder 1992~2020年のベネズエラ難民などの数
注8 UNHCR:Refugee Data Finder 2020年のベネズエラ難民などの国別受け入れ数
※このコンテンツは、2022年1月の情報をもとに作成しています。