ビジネスパーソンに聞く SDGs・ESGを身に着け実践するには

ビジネスパーソンに聞く

「SDGs・ESGをどう身に着け、実践するか」 最近の仕事のキーワードに「SDGs」「ESG」があります。とっつきにくいけど、知ってはおきたい経営の必須キーワードです。⽇経BP社副社⻑、⽇経BPコンサルティング社⻑の酒井綱⼀郎さんに伺う第四回目のテーマは「SDGs・ESGをどう身に着け、実践するか」です。

酒井 綱一郎氏 プロフィール

酒井綱一郎(さかい・こういちろう)
国際基督教大学卒業後、毎日新聞社に入社。運動部の記者などを経て、日経マグロウヒル社(現在の日経BP社)に転職。日経ビジネスの記者、ニューヨーク支局長などを務める。その後、日本経済新聞社の常務執行役員を経て、現在日経BP社副社長、日経BPコンサルティング社長。
社外では、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」コメンテーターを17年近く務めている。社会福祉法人、NPOの理事のほか母校の国際基督教大学理事。2008年より特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパンのチャイルド・スポンサーとしてコンゴのチャイルドを支援。著書は『ドラッカーさんが教えてくれた経営のウソとホント』(日本経済新聞出版社)など多数。

インタビュアー:目黒由美子(特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン マーケティング第1部部長)

SDGsへの取り組み方に企業経営者も困惑

目黒:SDGs(持続可能な開発目標)は、ワールド・ビジョンにとっても重要な目標です。国連グローバル・コンパクトに参加し、企業・団体とともにSDGs実現を目指しています。ここ数年、SDGsについて日本企業が熱心に取り組み始めていますね。


酒井:企業にとっての、ホットキーワードを挙げるとしたら、「オープンイノベーション」「AI(人工知能)」「自動運転」「シェアリングエコノミー」などがありますが、SDGsも企業にとって重要なキーワードです。

おさらいをするなら、国連総会で世界の貧困を終わらせ、地球を守り、持続可能な世界を2030年までに実現するという目標が定められました。SDGsという言葉は難しそうに見えますが、国連が掲げている17の目標はとてもわかりやすいです。

「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」といった目標ですが、まさにワールド・ビジョンが取り組んでいる本業そのものですよね。


目黒:途上国でお母さんが安心して出産できる母子保健事業、途上国の子どもたちに安全な水を届ける活動、難民キャンプの衛生状態を良くし、さらに難民キャンプで暮らす子どもたちに学校を用意する事業などSDGsの目標そのものです。


酒井:最初、私はSDGsの話を聞いて混乱しました。「SDGsは2030年の地球のあるべき姿を示しているのですよ」と解説を受けました。しかし、企業経営の中にSDGsをどう織り込んでいけばいいのか、わかりにくいからです。2030年のあるべき姿を漠然と示されるより、何か数値目標を示されたほうがわかりやすいのではないかと思ってしまいました。

17の目標といっても、「安全な水とトイレを世界中に」といったわかりやすい目標もあれば、「気候変動に具体的な対策を」「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさを守ろう」など何をすればいいのだろうと思ってしまう目標もあります。「平和と公正をすべての人に」と言われても、すぐには理解できませんでした。


目黒:企業経営者も混乱されたのですか。


酒井:私の狼狽は企業の経営者に聞いても同じです。SDGsに取り組もうにも、何から始めていいかわからない、どうしたらいいのだろうかと困惑する企業が結構あります。事態はもっと複雑です。SDGsに関係の深い言葉が乱立しているからです。「ESG(環境・社会・統治)」、「ISO26000(社会的責任の⼿引き )」、「CSV(共有価値の創造)」など宇宙人が使いそうなキーワードが次から次へと出てきて、混乱に拍車をかけています。

しかし、しっかりと勉強して実践しないとまずい事態が起きました。

企業がSDGsやESG投資への対応が迫られた経緯

目黒:まずい事態とは、何が起きたのですか。


酒井:私たちの年金140兆円を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が「ESG投資」に乗り出したからです。GPIFは、世界最大の投資家です。GPIFの基準に即した経営をしないと株を買ってもらえないことになったのです。

ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったものです。地球環境を大事にし、人権を守るなど社会的に正しいことをし、企業を正しく統治、運営することが大事だと言っています。

企業の株を売ったり買ったりするとき、通常ならその企業の業績が伸びそうなら買いますし、業績が悪化しそうなら売りますね。企業の財務状況によって売り買いをするということですが、それだけでいいのでしょうか。

GPIFは長期投資を主体に行っています。私たちの年金を短期売買しても意味がありません。長い時間をかけて私の年金資産を増やすことがGPIFの目標です。業績は短期的なものです。地球環境を守り、人権を守り、女性の活躍を推進するといった取り組みをする企業こそ長期的に成長する企業だという考え方が大事になり、そうした取り組みをする企業に投資することを決めたのです。

世界にはGPIFみたいな年金を長期運用したり、資産家の財産を長期運用したりする投資家がたくさんいます。これらを「機関投資家」と呼びますが、機関投資家は、SDGsを実践する企業に投資するようになっています。これをESG投資と呼びます。


目黒:ESG投資はどれぐらいの規模になっているのですか。


酒井:いろいろな計算方法がありますが、世界のESG投資額は日本円にして2,500兆円ほどになります。日本の国家予算が年間で100兆円ですので、世界のESG投資額は日本の国家予算の250倍になります。別の言い方をすれば、世界の投資総額の4分の1をESG投資が占めるまでになっています。

各社の取り組み事例を知るには統合報告書がおすすめ

目黒:ESGに関連して、企業ではどんな取り組みをしていますか。


酒井:日経BPが出版している月刊誌「日経ESG」の記事からピックアップしてご紹介しますと、例えば伊藤園は、農業の担い手がいなくなって放置されている耕作放棄地を使ってお茶の栽培事業をやっています。これはSDGs目標の一つである「食料安全保障と持続可能な農業」に対応した取り組みです。三菱ケミカルホールディングスは、地球温暖化の悪者になっている二酸化炭素を原料にして化学品を生み出す開発を進めています。

NTTドコモは、食品が食べられないままゴミとして捨てられるのを防ぐ事業に取り組んでいます。都内のスーパーで実証実験を始めたのですが、スーパーマーケット側が毎日、登録したお客さんに「賞味期限切れ、消費期限切れに近い商品はこれですよ」と情報を送って、買ってもらうのです。そして、賞味期限・消費期限が近くなった商品を買ったお客さんに、買い物で使えるポイントをプレゼントするものです。


目黒:仕事としてSDGsやESGの理解を深めるために何をしたらいいでしょうか。


酒井:企業が発行している「統合報告書」というのがあります。企業の売り上げなどの財務情報と、環境や社会への配慮などを書いてある非財務情報を合体してまとめた報告書です。既に400社を超える日本企業が発行しています。


目黒:どこの会社の統合報告書がお勧めですか。


酒井:GPIFが「優れた統合報告書」を発表していますので、そこで推奨されている報告書がいいと思います。私が見た中では、丸井グループ、味の素の統合報告書はとっつきやすくてわかりやすいです。あとは、自分が興味を持っている業界の統合報告書を読むといいのではないでしょうか。

個人としてSDGsやESGにどう取り組むか

目黒:一般のビジネスパーソンはSDGs、ESGにどう取り組んでいけばいいのでしょうか。


酒井:普段からゴミの分別収集に協力するのもSDGsの取り組みです。ワールド・ビジョンの活動に関心を寄せることだけでもSDGsの実践の始まりです。チャイルド・スポンサーシップによる支援を始めるのも一つの選択肢です。


目黒:ぜひお願いします、と強調したいです(笑)。


酒井:目黒さんを前に私が言うのもなんですが、「途上国子ども支援」は、途上国の一人のお子さんだけを支援するものではありませんよね。特定の地域を継続的に支え、その地域にすんでいる子どもを支援する取り組みですね。


目黒:そこに住む子どもたちの発育を支え、病気から守り、家族の収入を増やし、学ぶ環境を整え、安心して水が飲めるように井戸や貯水タンクを設置したり、トイレを整備したりします。


酒井:「途上国子ども支援」を応援して、自分が支援している地域がどう発展していくかをウォッチしていくこともSDGsの実践ではないでしょうか。


目黒:酒井さんには10年以上ワールド・ビジョンをご支援いただいています。支援されての感想をお聞かせください。


酒井:コンゴ民主共和国のカンボブ地域を支援し10年が経ちました。シングルマザーの母親と暮らしている3歳の男の子への支援を始め、今では中学校1年生になりました。支援がなければ教育を継続できなかったかもしれないと思うと感慨深いです。少しばかりの毎月の継続支援を通じ、一人の男の子の人生や、彼の地域に住む子どもたちの生活に幾らかの良い影響をもたらせていることを毎年のプログラム近況報告書動画などを通じて実感できます。

ビジネスパーソンには、日本企業の一員として国際的な社会貢献の枠組みを理解し実務で実践していくとともに、個人としても「途上国子ども支援」のような活動に参加し、途上国の人々の実際の生活に寄り添った支援にもぜひ参加してみてほしいと思います。


目黒:4回にわたっての貴重なインタビュー、本当にありがとうございました。

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