(2021.07.30)
2014年4月に開始した「シリア難民およびヨルダン人の子どもたちへの教育支援事業」が、2021年6月をもって終了を迎えました。
ジャパン・プラットフォーム(JPF)からの助成金と皆さまからの募金によって支えられてきたこの事業では、ヨルダンに逃れたシリア難民の子どもたちの学びの継続を目指し、難民生活や公立学校の二部制のクラスに出席していることで学校の授業から遅れてしまう子どもたちへの補習授業、教職員や保護者への勉強の教え方や子どもとの接し方に関する研修、ヨルダン人の子どもたちと触れ合うレクリエーション等、様々なプログラムを実施しました。
事業終了に際して、ヨルダンに駐在し、現場に最も近いところで事業に携わった歴代担当者3人に、座談会形式のオンラインインタビューを実施。
今だから言える当時の話や、難民支援への思いを聞きました。
(司会)3人ともヨルダン在住で顔を合わせることも多いようですが、事業についてみんなで振り返ることは無かったそうですね。まず、ほかのお2人も興味津々の、事業を立ち上げた時の話を國吉さんにお話しいただけますか?
(國吉)現地で事業を立ち上げる時は、ドナー(資金提供者、この場合はJPF)に提出した計画書どおりの活動ができるように環境を整えます。しかしこの時は、事業を承認するヨルダンの教育省と、お互いのやりたいことが食い違ったのが大変でしたね。どうにか調整できましたけど...。
また、何もないところから事業を進める環境を作るので、補習授業の場所はどうしようとか、学習用品の調達、先生の雇い方やトレーニング方法、給与体系も決めなくてはいけませんでした。中でも大変だったのは、子どもたちの学力が今どの程度で、どこを目指すべきかという指標の設計でした。補習授業のクラス分けのテストも、一から教育省と作ったりしました。
(服部)たとえば食糧を届けるとか衛生環境を整える等の支援事業は、何人に物品をいくつどこで提供するといったことがシンプルで特定しやすいし、活動の実施方法もある程度決まっているものがあったりしますよね。それと比べると、教育支援の立ち上げは一つひとつ作り込みが必要なので大変だっただろうなと改めて思います。
(國吉)クラス分けの方法についてはすごく考えました。結局ワールド・ビジョンが採用したのは、子ども一人ひとりの学力に合わせたクラス分けをするという方法でした。あなたは7歳だから1年生のクラスに、という分け方ではなく、その子に合ったクラスに入ってもらい、実際の学力をベースにしてそこを上げていこうということです。様々な団体が教育支援をしていてそれぞれのアプローチをとっていますが、この点は、子ども一人ひとりに寄り添うワールド・ビジョンらしいところじゃないかなと思います。
(司会)そうして立ち上がった事業を引き継がれたのが、渡邉さんですね。渡邉さんもまた、いろんな困難を乗り越えたと思いますが、最も苦労したことは何でしたか?
(渡邉)國吉さんも言っていましたが、やっぱり子どもたちの学力を向上させるという目標はあってもそれをどう向上させるのか、学力を測る基準をどう置くのか、目標が達成されたことをどのように示すのがわかりやすいか、という点を詰めるのが大変でした。資金をいただいているドナーさんや募金をくださっている皆さまに、納得していただけるような事業にしなくてはという思いでした。
(司会)学力という見えないものを、第三者にも見えるようにするのは大変そうです。逆に、事業を通じて嬉しかったことはありますか?
(渡邉)子どもたちが着実に学力をつけていったことはもちろん嬉しかったですが、成績が上がった、学校が楽しくなったという子どもたちの様子を見て、保護者の皆さんも変わっていったのが印象的でした。「生きる希望」というと大げさかもしれませんが、難民として先が見えない暮らしをおくる中でも、成長していく子どもたちを間近で見て、親御さんたちも前向きな姿勢になっていくのを感じました。
(司会)少しずつ成果が見えてきた事業を引き継がれたのが、服部さんですね。
(服部)はい、2019年にヨルダンに駐在する前の2017年から日本側でこの事業に携わっていましたが、事業を進める大変さは、こちらに来てから改めて実感しました。教育省との調整や、現地スタッフや教員の皆さんと足並みそろえて事業を進めるのは大変でした。私よりも経験のある現地スタッフばかりでしたし...。
(國吉)それはありますよね。特にヨルダンは経験値の高いスタッフばかりですし、そんなスタッフばかりのところに日本からヒョイと来た若い女性がプロジェクトを指揮するわけですから。私も幼く見られがちだったので、支援現場の子どもたちから「子どもなのに大人みたいなことしゃべってる!」と思われたりして。子どもには親近感持ってもらえたかなと(笑)
現地スタッフとの関係という意味では、年齢差は埋めようがないので、学ぶ姿勢を心がけていました。「私はあなたのサポートをするために来ました、教えてください」というスタンスです。衝突もしますけど、とことん話し合いながら進めました。
(渡邉)引き継ぎの時、國吉さんが、ヨルダン人のスタッフが働きやすいようにサポートするのが私の仕事のひとつでしたと言っていたのを思い出します。
(國吉)やっぱり、声を聞くことって大事だと思うんです。支援の対象になっている方々もそうですし、一緒に働く仲間もそうですし。
(司会)人間関係の構築も大変そうですが、服部さんは新型コロナウイルスの対応でも苦労されたのではないでしょうか。
(服部)そうですね、やる気満々で赴任したのが2019年9月だったので、すぐにコロナ対応に追われました。事業の総仕上げの時期でもあったので、それとの両立もチャレンジでした。コロナ対応として遠隔授業を実施するという方向性は定まったものの、何から着手しようかというまったくの手探り状態だったのですが、その時に力になってくれたのが渡邉さんと國吉さん、そして現地のスタッフたちでした。過去の経緯を聞いたり、他団体の動き等の情報を教えてくれたり、それらをもとにアドバイスをもらったり...頼れる先輩が近くにいて、本当に心強かったです。