2014.02.18
【2000~2005年】
2000年から2005年にかけては、ケニアのカクマ難民キャンプで、スーダンから逃れてきた人々のキャンプでの生活を支援し、2005年、包括的和平合意(CPA)が結ばれて内戦が終了してからは、スーダンへ帰還する人々への支援を開始しました。
【2006~2008年】
2006年からの支援は、南(南部)スーダンの北部、アッパーナイル州を中心に展開しています。アッパーナイル州は、地理的にスーダンと近いことから、多くの帰還民が戻ってきている州です。アラビア文化が色濃く残る地域であり、公用語は英語でも、アラビア語のほうがよく通じます。また、独立前後からの国境問題の影響で、治安が不安定になっています。
州全体の支援ニーズが大きく、統治の状況もまだ安定していないため、WVJは一カ所で長期的な支援を行うのではなく、州内で複数年ごとに事業地を移し、幅広く支援を行っています。2006年から2008年ではパニカン郡、2009年から2012年はマニョ郡、2012年からはファショダ郡と、アッパーナイル州の中でも多くの帰還民が住み、特に弱い立場にある人々が住む地域を中心に支援を展開しています(地図参照)。
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【2009年以降】
2009年以降、マニョ郡に場所を移してからは、より長期的な視点で、水衛生の活動に加えて、初等教育の活動を開始しました。雨や風で吹き飛ばされたり、壊れない校舎を作ることや、学校管理を担うPTAの育成、またアッパーナイル州特有の課題として、英語で教えることができない学校の先生が大勢いるため、教授法と基礎的な英語の訓練なども行っています。
さらに、コミュニティの人々へ人権についての考え方を伝え、虐待や搾取などを未然に防げるように委員会を設置するなど、複数の分野での活動を通して、子どもたちが子どもらしい生活を送れるように、基盤づくりを行ってきました。
このような活動を通して、WVJは現地の人々に寄り添う視点を大事にしています。
南スーダンという国は、多くの課題を持ち、非常に不安定な国でもあります。そのような国で、インフラ設備を整え、人々の今の生活を最低限可能にする支援を行うことは非常に重要です。
その一方で、発展のカギを握っているのは、コミュニティの人々、特に子どもたちです。そのため支援では、設備を整えると同時に、コミュニティの人々と話し合いを行い、設備の管理方法などをはじめ、衛生知識や教育の重要性などを伝えるなど、「人への支援」を重視して活動を展開してきました。
2013年12月に起こった衝突により、現在でも南スーダンの複数の州で、多くの人々が住む家を追われ、着の身着のままで避難生活を送っています。ワールド・ビジョン(WV)は人道支援団体が入ることができるようになった1月後半から、アッパーナイル州マラカルを中心に食糧や、毛布や調理用具など、避難している人々の生活必需品を配布する緊急支援を行っています。
さらに今後、緊急用トイレの掘削や、避難民の人々が飲んでも安全な水を使えるように、浄化剤や緊急用入水フィルターの配布、衛生環境を整えることの重要性を伝える啓発や、今回の衝突で生活環境が劇的に変わってしまった子どもたちが、少しでも子どもらしい時間を過ごせる空間を提供する、チャイルド・フレンドリー・スペースの運営なども計画されています。
現在、WVをはじめとした人道支援団体は可能な限りの活動を行っていますが、現場の治安状況はいまだに不安定で、多くの人々に十分な支援が行き届いていない状況です。また、今回の衝突により一番大きな被害を受けている子どもたちの状況を、WVは深刻にとらえています。
特に子どもたちが過酷な環境下でも守られ、少しでも子どもらしさを取り戻すことができるように、WVは国際社会を通じて、南スーダン国内の治安状況の改善、安定化を求めています。さらに、不安定で脆い(もろい)国の状態を少しでも安定させ、一日も早く平和な国への第一歩を歩めるように、今後も、政府間だけではなく、若い世代を含んだ市民社会を巻き込んだ形での和平プロセスが開始されるよう求めています。