ネパールは、多くの子どもたちに初等教育を受けられるよう、社会環境の改善に取り組んできた開発途上国のひとつです。しかし、教育から子どもたちを遠ざける問題は依然として存在します。
この記事では、ネパールの教育の制度や現状、教育に影響をおよぼぼす社会問題について詳しく説明します。また、教育の問題に対する支援や今日から私たちができることも紹介します。
まずは、ネパールの教育制度と就学についての現状や問題について解説します。
ネパールの教育制度は、就学前教育(3〜4歳)、基礎教育(5〜12歳、第1~8学年)、中等教育(13〜16歳、第9~12学年)、そして、大学学士コース以上の高等教育となっています。5年間の初等教育を含む基礎教育の8年間は、無償の義務教育期間です。日本の小学校、中学校にあたります。
ネパールの中等教育は第9〜10学年(13〜14歳)と第11〜12学年(15〜16歳)の2段階に分かれています。第10学年に次の学年に進級するための試験があり、第12学年には大学入学資格を取得できる全国統一試験があります。ネパールの第9〜12学年が日本の高校にあたると言えるでしょう。
このほかにも、中等教育段階には日本における専門高校や専門職短期大学にあたる、技術学校が設けられています(注1, 2)。
ネパールでは教育省が設置(1951年)されて以降、2016年までの65年間に、小学校への就学率は、0.9%から96.6%までに上がりました(注3, p.14)。Education for All(万人のための教育)やMDGs(ミレニアム開発目標)といった国際的な目標に沿って就学率の向上を図った成果です。
ネパールの教育省が発表した2018年の統計データから、基礎・中等教育における就学の現状を見ていきましょう(注4, p.63, p.65)。
表1 ネパールの基礎・中等教育の就学率
総就学率 | 純就学率 | ||
---|---|---|---|
基礎教育 | 第1〜5学年(5〜9歳)※初等教育 | 118.8% | 96.5% |
第6〜8学年(10〜12歳) | 94.8% | 88.9% | |
中等教育 | 第9〜10学年(13〜14歳) | 91.6% | 68.1% |
第11〜12学年(15〜16歳) | 45.0% | 24.7% |
ネパールの基礎教育の総就学率・純就学率を見るとその数値は高く、多くの子どもたちが小学校に在籍できていることがわかります。
しかし中等教育では、総就学率・純就学率は下がり、何らかの課題があることがわかります。特に、第11〜12学年の総就学率は45.0%、純就学率は24.7%となり、ほぼ全ての子どもが高校に入学する日本と比べ、大きく異なります。ネパールでは、適切な年齢で中等教育の最終学年まで就学する生徒が4人に1人程度です。
表2 ネパールの基礎・中等教育における総就学率の男女差
総就学率 | ||||
---|---|---|---|---|
男 | 女 | 男女比 | ||
基礎教育 | 第1〜5学年(5〜9歳)※初等教育 | 119.2% | 118.4% | 0.8% |
第6〜8学年(10〜12歳) | 92.7% | 96.5% | 3.8% | |
中等教育 | 第9〜10学年(13〜14歳) | 91.2% | 92.1% | 0.9% |
第11〜12学年(15〜16歳) | 65.0% | 67.5% | 2.5% |
※年齢は標準的な目安
また、ネパールの基礎・中等教育の総就学率の男女差は0.8〜3.8%であり、男女間で就学の差はそれほど大きくないことがわかります(注4, p.63, p.65)。
表3 ネパールの基礎・中等教育の留年率と退学率
留年率 | 退学率 | ||
---|---|---|---|
基礎教育 | 第1〜5学年(5〜9歳)※初等教育 | 7.0% | 3.8% |
第6〜8学年(10〜12歳) | 3.8% | 3.9% | |
中等教育 | 第9〜10学年(13〜14歳) | 3.6% | 2.8% |
※年齢は標準的な目安
ネパールの基礎・中等教育の留年率や退学率を見ると、初等教育を受ける第1〜5学年の留年率7.0%を省いて4.0%未満となっています。表1の第9〜10学年の総就学率91.6%とあわせて考えると、就学したほとんどの生徒たちが第10学年まで(日本における中学校まで)修了していることがわかります(注4, pp.67-68, p.71)。
就学についての問題
政府の取り組みにより、特に基礎教育の就学率は大幅に改善されましたが、特定の地域、特定のカーストや民族集団の子どもたちへの格差は残ります。また第11〜12学年では月額学費が必要になるため、貧困層の学生がさらに学習を進めるのは困難です(注5, p.51)。
学校インフラについての問題
ネパールの山岳地域では、学校建設は難しく都市計画が進んでないため、国民が分散して生活しています。建設された校舎は最低限の安全基準も定められていません。校舎までの歩道、トイレ、飲料水の設備、電気回線などの最低限のインフラも不足しています。
教師についての問題
多くの教師が政治指導者の裁量によって、資格、研修、経験を考えず任命されるため、教育の質は低くなります。また、初等教育での教え方や学習は、教科書の内容の暗記に最も重点が置かれています(注6, p.6)。
前述の教育に関する問題だけではなく、教育に影響をおよぼしている社会問題についても解説します。
国際労働機関(ILO)の過去の調査によると、教育を受ける時期にある思春期の子どもたちを売春宿などで働かせるために、ネパールから毎年1万2,000人が人身売買されていると推定されます。インドや中東へ売られる少女たちの人身売買に、家族や親戚が関係していることも珍しくありません(注7, Background, p.1)。
また、女性の教育機会を奪う児童婚の問題もあります。ネパールの法律で結婚は20歳以上と定められていますが、ネパールはアジア地域で3番目に児童婚率が高い国です(注8, p.2)。
少女の37%が18歳未満、10%が15歳未満で結婚し、少年の約37%が19歳未満で結婚しています。児童婚の割合は、社会から取り残されたコミュニティにおいて、より高くなります。2012年の調査によると、カースト制度にも属さない最下位の身分とされるダリットの19 歳未満の結婚率は、テライ地方で87%、丘陵地帯で65%です(注9)。
貧困や文化的な習慣によって児童労働の問題が起こり、子どもたちは教育の機会を失うことがあります。2021年のILOの報告書によれば、ネパールの5歳から17歳までの子どもたち700万人のうち、110万人(15.3%) が児童労働の中にあるとしています。約7人に1人が児童労働をさせられている計算です。
暮らしが厳しい家庭にとって、子どもは家計を支える貴重な働き手と考えられています。児童労働をする子どもたちの9割近くが農業の仕事をしており、自分の家の仕事を手伝うこと子どもたちもいます。また、就学児童の約7人に1人、不登校児童の4人に1人が仕事をしています。
家族の暮らしを助けるために仕事をして、教育を十分に受けられなかった子どもたちは、待遇の良い仕事を見つけにくくなります。そのため大人になっても貧困は続き、彼らの子どもにも仕事をさせるという連鎖が起こってしまいます(注10, pp.13-14)。
ヒンドゥー教の身分制度をカーストと言います。ヒンドゥー教徒が8割を占めるネパールでは、カーストに基づく偏見や差別が教育に影響をおよぼしています。ダリットや貧困層は教育を受ける機会が少なく、識字率は低いままです。
教員によるダリット生徒の無視や劣等生として扱う差別が、ダリットの生徒たちを学校に通いづらくさせます。生徒は勉強に集中できなくなり、最終的に学校から遠ざかります。下層階級の子どもたちへの教育について、政府が実施する効果的なプログラムはありません。教育への権利が奪われているのです(注11, p.11)。
ここからは、ネパールの教育に関する問題に対し、どのような支援が行われているのか解説します。
国際機関とは、複数の国が共通の目的を実現するために世界の問題に取り組む組織です。教育分野や子どもを支援対象とする国連機関には、UNESCO(国連教育科学文化機関)やUNICEF(国連児童基金)などがあります。
政府が開発途上国に対して経済や社会の開発のために行う、ODA(政府開発援助)という経済支援があります。ODAには、国際機関に資金協力する「多国間援助」と、開発途上国を直接支援する「二国間援助」があります。
日本政府はネパールに対して、小学校の建設や運営改善、上下水道や道路の整備など、教育支援だけでなく、生活の基盤となる公共インフラに関する支援も行ってきました。
NGO(Non-govenmental Organization 非政府組織)は、開発、貧困、平和、人道、環境などの地球規模の問題に取り組む民間組織です。ワールド・ビジョンも世界で活動するNGOのひとつで、2015年の大震災があったネパールでは、学校やコミュニティの防災力向上を目的とした「ドティ郡学校・コミュニティ防災事業」を実施しました。
ネパール地震で被災した学校は約8,000校に上り(注12, p.22)、多くの子どもたちが教育の機会を失いました。社会を生きる上で必要な教育活動を取り戻すことは、優先的に取り組まれる事業とされ、これまで国際機関や政府、NGOがネパールを支援してきました。
ここまで、ネパールの教育に関する問題や支援している団体について解説してきました。
私たち一人ひとりが、ネパールの子どもたちのためにできることは何でしょうか。
今日から今すぐできることは「知ろうとする」ことです。関心を持ち、問題やその解決のために必要なことを考える姿勢が大切です。個人から始まる意識の変化が、誰ひとり取り残さない社会の実現に繋がっていくはずです。
また、関心を持つだけでなく行動したい方には、NGOに寄付をする方法もあります。NGOは困難な状況にいる人たちへ支援活動を行っており、寄付はその活動を直接支援できる有効な手段です。
ワールド・ビジョンでは、開発途上国の子どもたちのために、教育環境を改善する支援活動を行っています。
ワールド・ビジョンは、ネパールで教育支援や子どもの権利と保護、保健・衛生環境を改善するための活動を行っています。ここでは、実施中のプログラムの一部を紹介します。
西ドティ地域開発プログラム
支援期間:2009年~2026年(予定)
首都カトマンズから西へ約450kmの場所に位置する西ドティ郡は、ネパールの中でも特に貧しい地域です。水道やトイレの整備が不足し、衛生状態は劣悪です。また、親の教育への理解不足や、カースト差別、性差別、貧困、学校が遠いなどの理由で、学齢期(1〜8年生)の子どもの約1割が学校に通っていません。教師も不足しており、質の高い授業の実施が困難です。このような状況を改善するために、次のような支援活動を行っています。
バジャン地域開発プログラム
支援期間:2019年~2031年(予定)
ネパール西端のバジャン郡で実施しているプログラムです。地域の半数以上の女性が読み書きができず、中等教育に進学する子どもは限られています。子どもや女性の権利と保護に対する認識が低く、出産・月経中の女性を日常生活から隔離する慣習も根強く残っています。短い就学年数や早すぎる出産は、家計や母子の健康状態に悪影響を及ぼしています。このような状況を改善するために、次のような支援活動を行っています。
学校の学習環境の改善・家庭での学習環境の改善
設立から70年以上の歴史を持つワールド・ビジョンが実施する「チャイルド・スポンサーシップ」は、1日150円(月々4,500円)の支援で子どもたちの未来を切り開くプログラムです。毎月の継続支援は、上述したネパールの取り組みだけではなく、労働や人権などの問題から子供を保護するための活動にも充てられます。
他にも、保健サービスの提供や安全な水の確保、栄養改善など、子どもが健やかに成長できる環境を整えるために支援金は使われます。アジア・アフリカ・中南米など世界21カ国で実施されている支援プログラムです(2020年度実績)。
また、写真や手紙で支援地域に住む子どもと交流ができるので、お互いを身近に感じられます。交流を通じて、子どもの未来が変わっていくことを実感できる支援です。
1日あたり150円(月々4,500円)から支援できるチャイルド・スポンサーシップには、日本で約5万人の支援者が参加しています。公式サイトにあるこちらのページから申し込めます。
また、子どもたちが暮らしの中で抱えている国際問題をこちらのページで紹介しています。支援する子どもたちへの理解を深めるきっかけとして、ぜひ一度ご覧ください。
皆さまのご支援とご協力をお待ちしています。
注1 外務省:ネパール連邦民主共和国
注2 行政法人 大学改革支援・学位授与機構:ネパールの高等教育・質保証システムの概要
注3 ギミル・ハリ・パラサド:ネパールにおける教育計画の展開と課題に関する総合的研究
注4 ネパール教育省:Flash I REPORT 2075(2018/19)
注5 World Bank:Implementation Completion And Results Report(2017)
Report No : ICR00003994, School Sector Reform Program, Education Global Practice South Asia Region
注6 Man B. Bhandari:Challenges of Education in Nepal post 2015
注7 国際労働機関:Nepal Trafficking in Girls With Special Reference to Prostitution: A Rapid Assessment
注8 UNICEF:Ending Child Marriage: Progress and Prospects
注9 Human Rights Watch:Our Time to Sing and Play - Child Marriage in Nepal
注10 国際労働機関:Nepal Child Labour Report 2021 (Based on the data drawn from Nepal Labour Force Survey 2017/18)
注11 Man B. Bhandari:Challenges of Education in Nepal post 2015
注12 JICA:ネパール NGOハンドブック 2018年度