難民に関連する話題では、「迫害」という言葉を耳にすることも多いかと思います。迫害は難民の認定に関わる重要な概念ですが、正確な意味はあまり知られていません。この記事では、迫害という言葉の意味やそれが起こる理由を説明し、それを踏まえて具体的な事例を詳しく紹介します。
迫害は今も世界中で起きていることで、毎年多くの難民を生む原因となっています。この記事を読んで、迫害に苦しむ人たちのために何ができるのかを考えてみましょう。
迫害が行われる理由はさまざまですが、多くの場合、特定の社会的属性や思想が理由となっています。まずは迫害の意味を見ていきましょう。
迫害は、難民と密接な関係にある概念です。1951年に採択され、国際的な協調のもとで難民を保護し難民問題を解決することを目指す「難民の地位に関する条約」によると、難民とは「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受けるおそれがある」という理由で他国に逃れた人々のことを指します(注1)。
ところが、この条約では「迫害」の意味は定義されていません。普遍的に受け入れられる定義が存在しないという国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の見解がその理由です(注2)。実際、「迫害」の意味を辞書で調べてみると、「弱い立場の人を追い詰めて苦しめること」などと定義されており、厳密な意味が定まっていないことが見て取れます。
このため、実際の難民認定の場面で何を迫害と認めるかは各国の管轄機関に任されています。一例として、ニュージーランドの難民の地位異議審査機関(RSAA)は、迫害を「重大な侵害」と「国家の保護の欠如」が同時に起きている状態と定めました(注2)。
さらに、「差別の集積的効果」という考え方を採用しているため、「比較的法益価値が低いと見られる権利の侵害であったり、禁圧の程度が軽度である場合でも、加害の集積や不利益の総和・複合が結果的に重大な効果を個人にもたらす」場合には、教育や就労など社会経済的権利に関する差別が迫害と認定されることもあります(注2)。
前述の「難民の地位に関する条約」では、迫害が起こる理由として、人種、宗教、国籍、政治的意見、特定の社会集団への帰属の5つを挙げています(注1)。難民認定の審査では、これらの理由によって「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」が認められるかどうかが基準とされます(注3)。
日本では、2019年に44人が条約難民として認定されました。この44人が受けるおそれのある迫害の理由として認められたのは、政治的意見が39人と最も多く、特定の社会集団の構成員であることが8人、宗教が4人となっています(複数の認定事由が認められた人もいます)。これに加え、国連機関による保護や援助が終了したという理由で迫害のおそれが認められた人も2人います(注4)。
ただし、政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるとして難民認定された事例の中には、ある民族の祭りが反政府デモに発展した際にその祭りに参加していたという理由で逮捕され、暴行や脅迫を受けたケースなども含まれています(注3 4-5頁)。このように、迫害が起こる背景には、民族などの社会的属性やその国の政治的状況など、色々な要素が絡み合っている場合も多いと考えられます。
続いては、代表的な迫害の事例を見ていきましょう。
ホロコーストで知られるユダヤ人の事例から、近年のシリア内戦での政治的理由による迫害まで、迫害は歴史を通して繰り返されてきました。
ユダヤ人の迫害と言えばナチスドイツによるホロコーストが有名ですが、ユダヤ人は歴史的に長く迫害を受けてきた民族です。その歴史はキリスト教の普及にまで遡ります。
中世までのユダヤ人迫害は、主に宗教的理由によるものでした。キリスト教とユダヤ教の宗教的思想には相容れない部分があり、4世紀末にキリスト教がローマ帝国の国教とされて以降、ユダヤ人は帝国から迫害を受けるようになりました(注5 59頁)。11世紀末から13世紀にかけて行われた十字軍遠征は、西欧のキリスト教徒が聖地の回復を目指して異教徒を討伐した軍事行動ですが、イスラム教徒だけでなくユダヤ教徒も異教徒として迫害を受けました。
多数のユダヤ人が略奪や暴行の被害を受けた他、建物に閉じ込めて焼き殺されるなどして、何百人ものユダヤ人が命を落としました(注5 64-65頁)。これ以降、キリスト教徒との結婚の禁止や職業からの締め出しなどが公然と行われるようになり、13世紀末から14世紀初頭にはイギリスやフランスでユダヤ人追放令が出されるなどして、ユダヤ人はゲットーへと追いやられていきました(注5 65-66頁)。
その後、宗教改革によって人々の生活に宗教がもたらす意味が薄れると、反ユダヤ主義は宗教的なものから人種的なものへと変質しました(注5 72頁)。ナショナリズムの勃興や反ユダヤ感情の政治利用などを背景に、連綿と続いてきたユダヤ人への迫害は過激化し、ユダヤ人の全面的な抹殺を目指すナチズムの台頭へと繋がっていきました(注5 73-76頁)。ナチス政権下で公職からの追放、市民権の剥奪、財産の没収、暴行などの徹底的な迫害を受けた末に、ついにはホロコーストによって600万人のユダヤ人が命を落としたのです(注5 76-77頁)。
イスラエルが建国されるまで「国を持たない民族」であったユダヤ人と同様、「国を持たない世界最大の民族」と呼ばれ、アラブ諸国で迫害を受けているのがクルド人です。
クルド人はもともと現在のトルコ、シリア、イラク、イランなどにまたがる地域に住んでいましたが、第一次世界大戦後にイギリスやフランスによって引かれた国境線により、どの国でも少数民族となってしまいました。例えばトルコでは、1980年代からクルド人の一部による独立運動が活発化すると、トルコ政府との武力闘争が激化し、クルド人居住区の焼き討ちや強制移住といった迫害が行われるようになりました(注6)。こうして国外に逃れるクルド人が増え、日本でも現在およそ2,000人のトルコ出身のクルド人が暮らしています(注7)。
シリアでも、クルド人の多いハサカ県で暮らすクルド人が、1960年代に政府によって強制的に国籍を剥奪されました。この措置によって外国人として扱われることとなったクルド人は、国外への移動はおろか国内でも移動の自由を制限され、選挙権や私有財産の所有、公的機関での就労、結婚なども認められていません。さらに、一部のクルド人は外国人としての身分証も与えられず、公教育を受ける自由も制限されています(注8 52-54頁)。その後もクルド人への迫害は厳しさを増し、農民の土地没収、公の場でのクルド語の会話の禁止、クルド風の名前の新生児の出生届の却下などが政策として実施されました(注8 56-57頁)。
シリアにおける迫害は、2011年に始まったシリア内戦によってさらに政治的に複雑なものとなりました。
UNHCRは、シリア内戦においては「様々な紛争当事者が頻繁に、親族や部族、宗教・民族集団、または町・村・近隣地域全体などのより大きな集団を、そのつながりを理由にある政治的意見を持っているとみなしている」と報告しています(注9)。この傾向は政府軍と反政府勢力の双方に見られますが、例えば実際には反政府活動や武装組織と何ら関係のない市民が、特定の場所に居合わせたという理由や特定の場所の出身であるという理由だけで反政府勢力の支持を疑われます。そして、政府による爆撃や兵糧攻め、或いは逮捕、虐待、殺害の犠牲となってしまうのです(注10)。
2020年3月で10年目に突入したシリア内戦は、現在までに550万人の難民と600万人以上の国内避難民を生み出しています(注11)。
ワールド・ビジョン・ジャパンを通してシリア難民を支援する
ここまで紹介した事例でわかるとおり、迫害によって多くの人々が難民になってしまいます。迫害が難民を生む構造を、現在も国際裁判が行われているロヒンギャの人々の事例を見ながら詳しく考えてみましょう。
ロヒンギャは独自の言語文化を持つ民族で、多くがイスラム教を信仰しています。現在のインド西ベンガル州とバングラデシュ周辺にあたる地域を出自とし、集団としての起源は600年前まで遡ると言われています。
15世紀から18世紀に現在のミャンマーのラカイン地方に存在した王国に一定数のロヒンギャの人々が暮らしており、その後王国の滅亡や戦争、植民地主義の終焉とインドの分離独立、ミャンマーの独立、さらにはバングラデシュのパキスタンからの独立戦争という地政学的な激変が続いたものの、ロヒンギャの人々の多くは何世代にもわたってラカイン地方に集住しつづけてきました(注12)。
バングラデシュで暮らすロヒンギャの人々は、定められたキャンプからの出入りの自由が制限されており、耕す畑もなく、漁に出る自由もなく、最低限の食料は援助に頼るしかない状況に置かれています。
バングラデシュは国連の難民条約を批准していないため、2017年以降に流入したロヒンギャの人々を受け入れはしたものの、正式な難民の地位は付与していません。できるだけ早く帰還を進めたいというバングラデシュ政府の意向もあって、ロヒンギャの人々には難民としての権利すら認められていないのです。
2019年11月には、57カ国が加盟するイスラム協力機構および国際弁護団の支援のもと、西アフリカの小国であるガンビアがロヒンギャの人々に対するジェノサイドの罪でミャンマーを提訴しました(注15)。その後、2020年1月には、裁判が行われている間のロヒンギャに対する迫害行為を禁じる目的で国際司法裁判所(ICJ)が暫定措置を発表。ミャンマー政府にロヒンギャに対するジェノサイド行為の停止を求め、あらゆる措置を講じてロヒンギャの人々への迫害を停止する義務を表明しました。(注16)。現在も、ミャンマー政府の対応と審理の動向に世界が注目しています。
ワールド・ビジョン・ジャパンを通して難民を支援する
ワールド・ビジョン・ジャパンは、バングラデシュで暮らすロヒンギャ難民や、ヨルダンで暮らすシリア難民への支援を続けています。現在、新型コロナウイルス感染症の大流行により、難民の子どもたちはこれまで以上に大きな困難に直面しています。
「難民支援募金」にご協力いただくことで、迫害や紛争の危険を逃れて避難生活を続ける難民に、より多くの支援を届けることができます。
キャンプで先の見えない生活を強いられている難民の子どもたちの命と未来を守るため、ご協力をお願いします。
[2023.10.18 加筆]
ワールド・ビジョンはヨルダン川西岸地区での人道支援活動を強化することを決定し、日本でも募金の受付を始めました。
「パレスチナ緊急支援募金」にご協力ください
注1 UNHCR:難民とは?
注2 新垣修:無国籍者の難民性―ニュージーランドの実践の検討を中心に― (2012年 世界法年報31巻65-89頁) 77-78頁及び82頁の注61
注3 法務省:難民として認定した事例等について
注4 法務省:令和元年における難民認定者数等について
注5 村田恭雄:ユダヤ人問題における宗教と政治 桃山学院大学社会学論集(1987)
注6 西中誠一郎:いまだ悪夢から覚めることができない ─ 新しい難民認定制度と難民申請者の現在 (大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター年報 2006)9頁
注7 NHK:彩の国 さいたまで"国なき民"と春の訪れを祝う
注8 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所:シリアにおけるクルド問題 ―差別・抑圧の"制度化"― (青山 弘之著、アジア経済46巻 42-70頁)
注9 UNHCR:シリア・アラブ共和国から避難する人々の国際保護の必要性について 更新 V (2017年)5頁
注10 内閣府:シリアにおける迫害の状況と難民流出
注11 United Nations:Syrian refugees resort to ever more desperate measures to resist pandemic impact
注12 根本敬:ロヒンギャ問題の歴史的背景 (財務省財務総合政策研究所ランチミーティング 2018年3月8日)
注13 ワールド・ビジョン・ジャパン:ロヒンギャ問題について考えよう
注14 Inter Sector Coordination Group:Situation Report Rohingya Refugee Crisis - Cox's Bazar | May 2020
注15 BBC:ロヒンギャ虐殺めぐる国際裁判始まる、アウンサンスーチー氏も出廷
注16 CNN:ロヒンギャの虐殺停止、ミャンマーに求める ICJが暫定措置
※このコンテンツは、2020年7月の情報をもとに作成しています。